《2010.3.1〜3》
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※2月28日以前の日記は、前ページに掲載
3月1日(月)早くも弥生。暖かく、コートなしで外出しましたが、夕方から雨に…
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ちょっと調べたいことがあって寄り道し、午後から市役所に出かけました。先週末、ある事件の経過について「文書にまとめておいてほしい」と要請していたので、午前中には用意ができているだろうと思って、真っ先に足を運んだ課があります。ところが、「もう少し待ってほしい」とのこと。小一時間ほどして持って来てくれたのですが、欠落している部分の補足を求めたら、「明日にしてほしい…」とまた先延ばし。どうやら、事情をつまびらかにしたくない背景があるようです。闘志が湧いてきました。
●竹山市長が「副市長」にしたかった大植潔氏のこと
2月23日の本会議で同意を得た副市長2人が今日から就任。何とか3人体制は整いましたが、新市長の副市長人事をめぐっては不透明感が拭えません。昨年11月の臨時会では、同意を求めて議会に提案した大植潔氏(市長の旧友)が、市長選にまつわるハガキを送ったのは「公選法違反ではないか」と指摘され、辞退に追い込まれるという事件もありました。
ところで、その大植氏について、市民の方からのお便りが届いたことは以前に書きました。「事実確認ができなければ紹介できません」と言っていたのですが、手紙の主がいちばん伝えたかったと思えることは確認できたので、以下に掲載します。
「拝啓・長谷川俊英様 私は、副市長を辞退した大植潔さんをよく知るものです。大植さんは、陵西中学校が生んだまれな人物です。俊英さんは地元で取材されましたか? 中学校の時には、小さな体なのにテニスで活躍し、勉強できない子には勉強を教え、仲間を大事にし、高校の時にはテニスでインターハイに出たと聞きました。大学卒業前にテレビのアップダウンクイズで、10問正解してハワイ旅行を獲得したのを見ました。俊英さんと同じ、何でも見てやろう、何でも実行の人です。奈良でも、ボランティアをしていました。地元で長く、強い少年野球チームの監督をしていたはずです。地元では有名だと言っていました。もったいない…、堺市の損失だと思いましたので言いたかった…」
手紙に書き添えてあったウェブサイトを検索すると、昨年11月24日の毎日新聞(奈良版)に「第30回毎日新聞社杯奈良市少年軟式野球新人戦トーナメント大会」で優勝したチームに関する記事が掲載されていました。記事には、「20年間チームを率い、今年退任する大植潔監督は『有終の美を飾れた』と喜んでいた」と記されています。その3日後に、「副市長辞退」を表明しなければいけない羽目になる全議員総会が開かれたのです。
3月2日(火)昨夜のうちに雨は上がり、気持ちのいいお天気となりました。
大綱質疑が始まりました。公明、民主、共産、自民市民クラブ、クリエイティブ、自民市議団、各党6会派の質疑が終わったの6時25分でした。なお、今日の竹山市長の答弁は、準備した原稿を読むことが多くなり、初めての定例会だった12月議会に比べて面白味が落ちました。公明党議員が「国民読書年のことでぜひ市長の見解を…」と迫っても、議場内の伝令役を務める財務部職員が教育次長の席近くにしゃがみこんでヒソヒソと指示。市長は答弁に立ちませんでした。木原市長時代によくあった光景が、また見え始めました。
3月3日(水)桃の節句。「愛娘の2回目のひな祭り…」と発言した若い議員もいました。
大綱質疑の2日目は、2会派に続いて各政党が2巡目の質問者を立てました。都合7人の発言が終了したのは5時45分で、昨日よりは少し早かったようです。ところで、今日の竹山市長はよく答弁に立ちました。その上、「選択的夫婦別姓」や「永住外国人の地方参政権」について否定的対応を迫る議員の質問に対して、要求をピシリとはねつけるという人権意識やバランス感覚を備えた答弁には、いささか感心させられました。さて、いよいよ明日は私の出番。10時開会後のトップバッターです。(ホームページのアクセスカウンターが、62万を超えました)