《2020.12.18》
(2407)

※12月17日以前の日記は、前ページに掲載

2月18日(金)3.5℃~10.0℃。昨夜は寝室のエアコンを稼働。ただ今日は暖かい日に。

最終本会議での私の発言は、4人の元・市立幼稚園長の思いを伝えることから始まりました。昨日届けられた文書には、日本の幼児教育発祥のころから続く堺市の幼稚園教育の伝統を受け継いできた教員としての自負と、ご自身らの実践と研究を通して培い、発展させてきたものを伝承したいとの強い思いに溢れていました。そして、今回の5園廃園に大きな危機感を抱かれています。
私も、市教委が2007年に「幼児教育基本方針」を策定し、既存園の廃園について言及した際、北八下幼稚園が難病を抱えた園児を受け入れている事例などを紹介して、「公立幼稚園の存続は欠かせない」と主張しました。ただ、その北八下幼稚園でも、今年度の入園児は8人と減少。3年保育制を実現しない市教委の方針にも問題がありますが、保護者の保育ニーズが変遷していることも見逃せません。園児数減少の現実を踏まえれば、いくつかの園の廃園は受け入れざるを得ないと考えていました。
その考えは、署名集めの相談にこられた元園長にも伝え、署名活動で議案が覆る可能性は大きくないと言い加えました。そのとき、元園長の一人で私と高校同級だった岩田良子さんから、「高校時代に『老いの入舞』って習ったの覚えてる?」と尋ねられました。岩田さんは「そのつもりでやります」と笑顔で答え、署名集めを続けたのです。そして、各会派議員との面談を試み、本会議や文教委員会の傍聴席に一日中座って議員の発言に耳を傾けておられました。

●世阿弥が残した名言、「老いの入り舞」
「入舞」とは、舞楽などで、いったん舞い終わって退場する前、もう一度舞台に戻って名残を惜しむように一舞いして収めることだそうです。また、「老いの入舞」は、室町時代に能を大成した世阿弥の言葉で、「老境に入った能の名手が、人生の終わりごろに壮年の役者には及びも付かない芸境の能を演じ、観衆を感動させることを指している」と、あるブログ氏が書いています。
岩田さんらの活動は、議員にその思いを伝えることができ、文教委員会での付帯決議にもつながりました。討論では、そんな、岩田さんとの間のエピソードも交え、元園長らの熱情に市教委が応えてほしいと要請しました。
市教委は今年6月、「幼児教育基本方針」(改定版)を策定し、公立幼稚園の再構築を方向付けるとともに、市内の教育・保育施設に対する助言や支援のため「幼児教育センター機能を構築する」と記しています。元園長たちは、その幼児教育センターを全市の幼児教育の拠点として位置づけてほしいと提案。必要なら、自分たちもお手伝いしたいと申し出ておられます。もしかしたら、元園長先生たちの「老いの入舞」は、まだまだ続くのかもしれません。

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