昨年5月に創設された堺市がん患者会「よりそい」の第2回総会が産業振興センターで開催されたので、会員の一人として参加しました。この1年間の事業報告と収支決算を承認。新年度の事業計画と予算も全会一致で決まりました。また、会の名称を「堺市がん患者と家族の会『よりそい』」と改めるなどの会則
改正も決定。事務局からは、近く一般社団法人として運営し、将来は公益社団法人を目指すなどの組織方針が示されました。
●健康医療推進課長・総合医療センター副院長などがスピーチ
総会には、堺市から新任の藤川健康医療推進課長も出席して、「患者・家族の意見をいただき、よりよいがん対策を実現していきたい」と挨拶。また、患者会のサポートを続けている市立総合医療センターの大里副院長も「門田理事長の就任を機に、地域がん医療のモデルとなれるような施策展開を目指したい。当事者の意見・要望を施策に反映するような医療でなけれな満足できない」などと話しました。
■悔やまれるMさんのご逝去
ところで、選挙事務所の照明などでずっとお世話になってきたMさんが、2月19日に逝去されていたことを知り、今日、お悔やみに上がりました。ご遺族の話で、Mさんはマントル細胞リンパ腫(血液がんの一つ)で闘病中だったことを知りました。昨年の選挙の際にも病のことを隠して応援に駆けつけて下さったことを思うと、お察しできなかったことが悔やまれてなりません。
Mさんは、長年電気工事業を営んで来られた方で、私が初めて知り合ったのは2001年です。当時お住まいだった旧美原町の某地区での区長の不正について、その年の1月9日に4人の方々が相談に来られました。当時は議員ではなかったのですが、以来、不正に関する事実調査や区長相手の裁判に至るまで、ずっと不正を糾す住民グループのお手伝いをさせてもらいました。Mさんもそのグループのお一人です。「専門知識を生かして地区内の電柱に上って調べたり、会計書類をチェックされるなど、大きな力を発揮していただいた」と、一緒に弔問した住民の方から伺いました。
住民の皆さんの闘いは3年ほど続き、区長解任と自治会の正常化、区長が自治会会計から支出したお金を支出相手の企業から取り戻すなどの結果を得ました。そんなことから、2003年のカムバック市議選では行政区域を越えてのご支援をいただき、合併で堺市民となられてからも多くの方々のお世話になっています。
Mさんは、選挙事務所や選挙カーの看板照明を整備するほか、事務所内の照明器具増設や駅前議会報告の際に使うスピーカーの修理などをボランティアで担って下さいました。また、関係業界団体の研修会の講師にもお招きいただくなど数多のご助力をいただいてきたのに、ご恩返しができないままのお別れとなって無念です。心から、ご冥福をお祈り申し上げます。