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《2024.8.6》
8月6日(火)朝からずっとカンカン照り。暑さもさらに厳しくなりました。26.5℃~36.9℃。
午前中は所用で大阪市内へ。往路は広島平和記念式典の開催中で、車中で聞いた湯崎英彦知事の挨拶が心に残りました。列席していた岸田首相やイスラエル駐日大使の耳にきちんと届いたでしょうか。
午後は事務所で仕事しながら関係部課と電話で協議。夕方、一昨日お目にかかった新型コロナワクチン後遺症の方を訪ねました。区役所との情報共有によって、関係課も対応を進めてくれているようです。
■湯崎英彦知事の挨拶(抜粋)
原爆投下というこの世に比類無い凄惨な歴史的事実が、私たちの心を深く突き刺すのは、「誰にも二度と同じ苦しみを味わってほしくない」という強い思いにかられた被爆者が、思い出したくもない地獄について紡ぎ出す言葉があるからです。
先般、私は、数多の弥生人の遺骨が発掘されている鳥取県青谷上寺地遺跡を訪問する機会を得ました。そこでは、頭蓋骨や腰骨に突き刺さった矢尻など、当時の争いの生々しさを物語る多くの殺傷痕を目の当たりにし、必ずしも平穏ではなかった当時の暮らしに思いを巡らせました。
翻って現在も、世界中で戦争は続いています。強い者が勝つ。弱い者は踏みにじられる。現代では、矢尻や刀ではなく、男も女も子供も老人も銃弾で撃ち抜かれ、あるいはミサイルで粉々にされる。国連が作ってきた世界の秩序の守護者たるべき大国が、公然と国際法違反の侵攻や力による現状変更を試みる。それが弥生の過去から続いている現実です。
いわゆる現実主義者は、だからこそ、力には力を、と言う。核兵器には、核兵器を。しかし、そこでは、もう一つの現実は意図的に無視されています。人類が発明してかつて使われなかった兵器はない。禁止された化学兵器も引き続き使われている。核兵器も、それが存在する限り必ずいつか再び使われることになるでしょう。
私たちは、真の現実主義者にならなければなりません。核廃絶は遠くに掲げる理想ではないのです。今、必死に取り組まなければならない、人類存続に関わる差し迫った現実の問題です。
にもかかわらず、核廃絶に向けた取組には、知的、人的、財政的資源など、あらゆる資源の投下が不十分です。片や、核兵器維持増強や戦略構築のために、昨年だけでも14兆円を超える資金が投資され、何万人ものコンサルタントや軍・行政関係者、また、科学者と技術者が投入されています。
現実を直視することのできる世界の皆さん、私たちが行うべきことは、核兵器廃絶を本当に実現するため、資源を思い切って投入することです。想像してください。核兵器維持増強の十分の一の1.4兆円や数千人の専門家を投入すれば、核廃絶も具体的に大きく前進するでしょう。